2013年5月31日金曜日

貧乏人の子だくさんは、ほんとうなのか?

養老孟司『あなたの脳には癖がある』を読んでいたら、貧乏人の子沢山には、ある一定の論理があるとの記述がありました。
まず、貧乏人は生き延びる確率が低いため、本能的に子供を作ろうとする。これは、納得。
次の理由がなかなか面白い。人は、食欲や性欲とは別の社会的欲求がある。貧乏人は、社会的立場が低いから権力欲を満たすことができないため、子供を作ることでこれを満たそうとするというもの。

ところが、歴史人口学では、貧乏人の子だくさんは否定されているらしく、どっちなのだろう?と疑問は残ったままです。

2013年5月30日木曜日

備忘録 養老孟司『ぼちぼち結論』

本書、『抽象的人間』の中で、筆者は現実について語っている。

現実というものが、長い間わからなかった。だから自分で勝手に定義することにした。『現実とは、その人の行動に影響を与えるもの』である。それ以外にない。私が百人の前で演説しているとき、百人にはそれぞれの養老孟司がうつっている。見る角度は、全員異なっているからだ。それなら、テレビカメラはどの角度からとらえた時に『客観的』な映像となるのか?
こんなことを言うと、すぐに屁理屈だといわれる。そんなことは些細な違いに過ぎないじゃないか、と。それは果たして些細なことなのだろうか?それを些細なこととみなすことで、現代社会は進歩してきた。
一人一人の世界が感覚的に異なるからこそ、個人や個性の意味が生じる。それでなきゃあ、個人なんかいらない。それを些細なことと決めつけるから若者が人生の意味を見つけられないのである。これと言ってさしたる才能もない私が生きてる意味なんかあるのか・・だから今度は個性、個性と逆にいう。…

私はこの文章を読んだときに、大分救われた。まさに、私なんかが生きている意味はあるのか…と思うことが多かったからだ。
一人一人の世界が感覚的に異なるからこそ、個人や個性の意味が生じる。それでなきゃあ、個人なんかいらない。

ここで考える。感覚的に異なる世界を簡単に言葉にすることはできないだろうな、と。また、それは言葉にできないことなのかもしれない。
私たちの生活は言葉であふれ、情報はすぐに「共有」できる。facebookしかり、twitterしかり、アマゾンのレビューもそうだ。
でも、言葉にできないものがある、ということが個人の生きる意味の大きな部分を占めるんじゃないかと気づかせてくれる。「情報」「共有」の時代に生きる私たちは、時々このことを思い出したほうがいいなと思うのである。

2013年5月28日火曜日

有川浩『県庁おもてなし課』を読む

映画化もされ、最近注目されている本作品。地域活性化に関心のある自分にとっては、タイムリーな話題でもあるため、大変楽しく読了。
主人公を語る際に、「育ちがいい」という言葉が出てくる。よく言えば、やさしい。悪く言えば、ゆるい。そんな感じ。その洞察が妙に自分と重なって面白かった。
自治体の歯がゆさや地方の現状などがわかりやすく身についてしまうので一石二鳥である。

以下、気になった個所を列挙する。

・観光振興には、若い女性の意見を聞く。観光地での消費の7割は女性らしい。女性は旅行が好きで、ロケーション、グルメ、トイレなどにこだわる。男よりもチェック項目が多い。だから、女性をクリアした時点で男はもれなくついてくるのだ。彼氏とか、旦那もついてくる。

・旅行には、非日常を求める。地方だからこそ食べれるものやできることを前面に押し出す。そして、客の中でストーリーになるのがいい。馬路村の例ならば、辺鄙なところにわざわざ来て(これがむしろ大事)、方言丸出しの看板があったり、この村でしか見ないようなゆず料理を食べたり…と後で思い出せるような旅行を提供することが大切。物語を見出して発表する力がかなり重要だということ。それは、土地の歴史や文化を知ることに他ならない。

観光地の偏差値はトイレの偏差値。道の駅は、車社会における画期的な発明。それまでは、一般道でトイレというと、コンビニくらいしかなかったし、物産なども気軽に買うことはできなかった。

キャッチコピーは大切。本でもキャッチコピーのいい本は売れる。売り出す際のキャッチコピーは重要である。「高速もない。地下鉄もない。ビルもない。でも、…がある。」みたいな

地方人には、地元を悪く言う癖がある。うちの地元はけっこう面白いじゃないか、その意識の共有が何よりも大切。そのテコ入れが一番難しい。







2013年5月26日日曜日

大宮鉄道博物館&『船を編む』を観る

行ってきました。大宮鉄道博物館。
大宮といえば、このてっぱくこと鉄道博物館が有名です。

広大な敷地にたくさんの電車とその歴史が説明されていて、文化施設としてはかなり良くできていました。

右は、イギリスから輸入した蒸気機関車の写真ですが、こうした昔の車両が数多く展示されています。

日本で1番最初に開通した鉄道は、新橋(東京)~横浜間で明治の初め、今から150年近く前のことなんですね。

家族連れが多く、子供がはしゃいでいました。でもなんで、子供って(特に男の子)鉄道があんなに好きなんでしょうね?


次に、映画館で『船を編む』を観ました。
辞書作りにかける人々の思いを描いた本作。辞書を作るという地味なテーマだけに人を引き付けるのは至難の業かと思うのですが、そこはプロの技、すっかり魅了されてしまいました。
辞書作りって15年くらいかかるんですね、皆さん知ってました?
本当に長い航海に出るようなもの。タイトルの船を編むの意味が分かります。
用例採集といって、日常で見聞きした言葉を紙にメモしていく作業があるんですが、こんな面倒で地味なことを続けていった先に1冊の辞書が出来上がっているんだぁと思うと、感慨深いものがありました。
皆さん、ぜひ劇場へ

2013年5月23日木曜日

太宰治のお墓に行ってきました。

太宰治が眠る禅林寺というお寺(東京都三鷹市)
前から行ってみたかったというと変かな(笑)
太宰治のお墓がある三鷹市の禅林寺に行ってきました。

さすがに、お墓を写真に収めるのは気が引けたため、お寺の写真です。

平日なので、お寺はひっそりとしていましたが、私のほかにもう一人若い男性がお墓詣りに来ていました。

太宰は、39歳でお亡くなりになりましたが、9年間(疎開していた時期が2年くらいあるから実質7年間)を三鷹で過ごし、走れメロスや富嶽百景などの作品を三鷹で残したそうです。

太宰が作家として安定した時期を三鷹で過ごしていたのです。昔は、ネットなんてなかったから文豪と呼ばれる人は割と近くに住み、お互いの家で文学談義に花を咲かせていたそうです。太宰の師匠の井伏鱒二も中央線沿いで暮らしていたそうです。太宰が、三鷹を選んだ理由が都心からほどほどに離れていて編集者の最速から逃れられるから、というのがなんとも「らしい」なと感じます。

太宰は愛人と心中をして最期を迎えるわけですが、実際、玉川を見てみると、こんな川で人が死ねるか?と思います。。当時は、玉川の水量が今の3倍ほどあり、流れも速かったらしいです。その結果、実は川に入水したのは、6月13日なのですが、発見されたのが6月19日になってしまったと。しかし、皮肉にも太宰の誕生日も6月19日であったため、この日を桜桃忌と名付けたそうです。

もともとこの禅林寺には森鴎外のお墓があり(本名森林太郎として)、太宰は折鴎外の近くで自分も眠りたいと考えていたそうです。
しかし、愛人との心中という死に方、また玉川上水(下水ではないから生活水なんですね)に飛び込んだこともあって当時の三鷹市民は太宰のお墓を作ることに反対だったそうです。しかし、奥さんが頭を下げて(なんていい奥さんなのだろう)禅林寺にお墓を設けることができたそうです。

太宰治のお墓には、本名の津軽修治ではなく、ペンネームの太宰治の名前が刻まれています。
太宰は道化などと自虐していましたが、自虐ネタといったら失礼かな、そういう形で人を喜ばせたり、人に注目されるのがとにかく好きだったのではないかと思うのです。だから、お墓にも太宰治の名を遺したのではないでしょうか?俺は、大衆にとっては太宰治という作家なのだ、と。

太宰治文芸サロンが、駅前にあり、無料でいろんなことを教えてくれました。今書いたこともほぼそのまま受け売りです(笑)
貴重な体験をした1日でした。




























この本は面白い『地域を変えるデザイン』

著者は、issue+design projectという団体。代表者の山崎亮さんは、けっこう有名人だ。

冒頭に、前の東大総長の『日本は課題先進国である』との言葉が引用され、少子高齢化や晩婚未婚、空き家、エネルギーの問題などが図やグラフを多用し、説明されている。

私が興味を持ったのは、空き家の問題である。なんと、今全国平均で7軒に1軒は空き家なそうな。13%もの空き家があるのである!!

この中で大きな割合を占めているのが、シャッター商店街。かつての中心市街地も自動車の普及による郊外化の影響で、廃れ、交通弱者と呼ばれる人たちが増え、コミュニティは失われている。
自動車トリップ距離と市街地人口密度の関係を示したグラフがある。

心理学をかじる『情動2要因理論』

昨日、ホンマでっかテレビを見ていたら、心理学の植木先生が面白いことを言っていた。
『行動が感情を作る』と。
それを心理学では情動2要因理論と呼ぶそうだ。

ネットで調べてみると、シャクターの情動二要因理論として、以下の説明がある。
情動の形成というものを二つの要因、すなわち身体反応とその原因を類推する事によって説明しようとしたもので、この理論において重要なのは、身体反応そのものにあるわけではなく、その原因を身体反応から類推する事によって情動が決定されるという点にあります。

例えば、恋愛においてよく言われるつり橋効果。つり橋を渡っているとき、怖いからドキドキして汗ばんだり、脈が上がる。それを隣にいる人にドキドキしていると体が勝手に解釈してしまうというのだ。これも情動2要因理論で説明できるという。で、これホントに実験してたんだね(笑)知らなかった。

この理論では、同じ体験をしても異なる感情が生まれることを説明する理論なんですね。

でも、植木先生の文脈ならば、ジェームス・ランゲ説のほうが適当だと思った。これは、泣くから悲しい、笑うから楽しいのようにまず行動があって、それに伴って感情がついてくるといいうもの。
ふつうは逆だと思われているが、鏡の前で笑うと元気が出てくるなどは、この典型なのだろう。